入院時の治療

狭心症や心筋梗塞の
予防と治療のために

「狭心症」や「心筋梗塞」は、命にかかわる病気です。狭心症の病状によっては心筋梗塞を防ぐための治療が、心筋梗塞では、命を救うための早急な治療が必要です。治療は冠動脈の血流を再開したり、血流を改善するために行われます。
主な治療法として、「カテーテル治療法」「バイパス手術」「薬物治療」があります。

カテーテル治療

「カテーテル」とは、直径数mm程度の軟らかい管で、このカテーテルを用いる治療法を「カテーテル治療」といいます。狭心症や心筋梗塞のカテーテル治療にはいくつかの方法がありますが、現在、最もよく行われているのは「ステント治療」です。
ステント治療とは、カテーテルを使用して、「動脈硬化」などで狭くなっている部位に、「ステント」と呼ばれる金属製の網状の筒を留置し、血液の流れを改善する治療法です。ステント治療では、ほぼ確実に狭窄した血管を広げることができます。

ステント治療の流れ

①狭窄部までステントを送り込む

ステント治療の流れ1

ステント治療の流れ1-2

手首や脚の付け根の動脈から、冠動脈の狭窄部までカテーテルを挿入します。
閉じた状態のステントをバルーンにかぶせ、狭窄部に送り込みます。

②バルーンを広げる

ステント治療の流れ

ステント治療の流れ2-2

狭窄部でバルーンを膨らませて、ステントを開かせ、血管の内腔の広さを確保します。

③ステントだけを残す

ステント治療の流れ3

バルーンをしぼませて、ステントを留置します。
バルーン、ガイドワイヤー、カテーテルの順に回収し、最終的には血管の内腔にステントだけが残ります。

ステント治療の流れ3-2

ステント治療の流れ3-3

ステント治療の流れ3-4

ステント治療前

カテーテル検査を行ったところ、緑の丸で示した部位の、左冠動脈の一部が狭くなっており、そのままステント治療が行われました。

ステント治療前

↓

ステント治療後

ステントが留置され、血管の内腔の広さが確保されたのがわかります。

ステント治療後

ステント治療で使用する機器

カテーテルの中のガイドワイヤーを操作して、狭窄部を通過させたり、 このワイヤー伝いにバルーンやステントを挿入します。
専門の医師が手もとですべての操作を行います。

カテーテル ガイドワイヤー

ステントの種類

金属製のステントは私たちの体にとっては異物なので、異物を排除しようとする、一種の「免疫反応」が起こり、ステントの内側に細胞が増殖します。増殖した細胞が新たな「内膜」となり、ステントの表面を覆うことが期待できますが、細胞が半年ほど増殖し続けると、20~40%の人に再び狭窄が起こる(再狭窄)という問題があります。
そこで、この問題を解決するために、従来のステントの表面に細胞の増殖を抑える薬を塗った「薬剤溶出性ステント」が開発されました。薬剤溶出性ステントの表面からは薬が少しずつ溶け出し、細胞の増殖による再狭窄を防ぎます。
しかし、薬剤溶出性ステントでは、金属製のステントが長期間むき出しになり、人によっては内膜が十分に張らず、ステントに「血栓(血の塊)」が付着して、その血栓によって再び血管が狭窄したり、詰まったりする危険性があります。そのため、血栓の形成を防ぐために、2種類の「抗血小板薬」を長期間服用する必要があります。
ごく最近登場した「消失型ステント」は、これらの問題を解決するものとして期待されています。消失型のステントは金属製ではなく、生物由来の素材でできており、2年ほどたつと体内で溶けてなくなるため、抗血小板薬を長期的に用いる必要はありません。また、薬剤溶出性ステントでもあるので、再狭窄も抑えられます。ただし、消失型ステントは現在、日本では厚生労働省による許可がなく、使用できません。健康保険が適用されて使えるようになるのは、数年先だと予測されます。

バイパス手術

バイパス手術では、血液が流れにくくなった血管の代わりに血液が流れるように、迂回路(バイパス)となる血管をつなぎます。以前は、いったん心臓の動きを止めて、「人工心肺装置」を使用して手術をしていましたが、現在は心臓を動かしたまま行うことが多くなっています。心臓の手術は体への負担が大きいので、多くの場合、手術後は何らかのリハビリテーションが必要になります。

バイパスとして使う血管

バイパスとして使う血管の箇所

バイパス手術

バイパス手術

バイパス手術として使う血管を、狭窄部を迂回するように、冠動脈につなぎます。バイパス手術として使う血管は、成長期にだけ必要だったり、代わりとなるほかの血管があるものなので、通常、バイパスとして使っても問題ありません。

治療法の選択

個々の患者さんに合った適切な方法を選べば、治療効果や生存率の面で、カテーテル治療とバイパス手術には大きな差はありません。適切な治療法を選ぶため、担当医とよく相談してください。
カテーテル治療の最大の長所は、局所麻酔で行われ、患者さんの体への負担が軽いことです。入院期間も数日で済みます。その点、バイパス手術は全身麻酔で行われ、短くても2週間程度の入院が必要です。ただし、病変が複数の部位にあるとき、カテーテル治療では分けて治療する場合がありますが、バイパス手術なら一度に治療できます。
また、カテーテル治療では、ステントの直径が2mm以上あるため、それより細い血管は治療できませんが、バイパス手術なら、直径1mmの血管にも対応できます。カテーテル治療では2種類の抗血小板薬を長期的にのむ必要がありますが、バイパス手術では1種類で済んだり、一時中止できる場合もあり、ステント再狭窄もありません。ただし、バイパス手術は、急性心筋梗塞では、通常行われません。
カテーテル治療やバイパス手術で、ある部位を治療しても、生活習慣を改めないと、別の部位に再び狭窄が起こる可能性があります。生活習慣の改善や薬による治療を、カテーテル治療やバイパス手術のあとも継続していくことが大切です。

治療法の特徴

カテーテル治療 バイパス手術
患者さんの体への負担 軽い 重い
使用する麻酔 局所麻酔 全身麻酔
入院期間 短い 長い
急性心筋梗塞への適応 有効 通常行わない
予定治療*の死亡率 0.1%前後 1~2%
複数の病変 分けて治療することも多い 一度に治療する
治療可能な血管の太さ 2mm以上 1mm以上
ステント再狭窄 可能性あり なし
  • 緊急入院して受ける治療ではなく、あらかじめ日時を決めておき、 事前に十分な準備を行ってから受ける治療のこと

石灰化したプラークを削る
「ロータブレーター」

動脈硬化が進行すると、プラークが石灰化し、非常に硬くなることがあります。特に、腎不全で「透析治療」を受けている患者さんによく見られます。
石灰化していると、バルーンを膨らませても、血管壁が硬いために、内腔が広がりません。このような場合、「ロータブレーター」という機器をカテーテルで狭窄部に入れ、ダイヤモンドの粒子がついた先端部を高速で回転させ、石灰化して硬くなったプラークを削り取ってから、ステント治療などを行います。

ロータブレーター

薬物治療

狭心症の発作の治療や予防、血栓の形成の予防のために薬物治療を行います。狭心症が発症すれば、通常、すぐに薬物治療を始めます。その場合も、併せて生活習慣の改善を行うことが大切です。薬では発作が治まりにくくなったら、すぐに医療機関を受診し、ほかの治療法も検討してみてください。

発作を抑える薬・発作を防ぐ薬

冠動脈を広げて血流を改善し、心臓の負担を軽減する作用がある「硝酸薬」が、狭心症の代表的な治療薬です。
硝酸薬には、狭心症の発作が起きたらすぐに使って発作を抑える即効性のもの(ニトログリセリン)と、発作を予防するためにふだんから用いる持続性のもの(硝酸イソソルビドなど)があります。即効性のものは常に携帯し、発作が起きたらすぐに舌の下に「舌下錠」を1錠入れるか、「スプレー薬」を1回噴霧して、発作を抑えます。発作を予防するために、「カルシウム拮抗薬」や「β遮断薬」などを用いることもあります。

発作が起こった時に発作を抑える

特徴と使い方
速効性の硝酸薬
(ニトログリセリン)
冠動脈を広げて、血流を改善します。発作が起きたらすぐに使い、舌の下を走る太い血管から吸収させます。
  • 血管を広げる作用がある
  • 発作が起こったらすぐに使う
  • 舌下錠の場合、舌の下に入れて溶かす
  • スプレー薬の場合、舌の下に噴霧する
  • 頭痛、ふらつきがおこることがあるので、座って安静にして用いる
  • 効き目が弱くなってきたら、担当医に相談

発作を予防するために使う

特徴と使い方
持続性の硝酸薬
(硝酸イソソルビドなど)
  • 血管を広げる作用がある
  • 発作が起こったらすぐに使う
  • 効き目が弱くなってきたら、担当医に相談
カルシウム拮抗薬
  • 冠動脈攣縮による発作が起こる人に向いている
  • 冠動脈攣縮の発作は朝方に起こりやすいので、夕食後から夜寝る前にのむとよい
β遮断薬
  • 心臓を少ない力で動かすようにして、心臓への負担を減らす
  • 運動時に発作が出る人に効果的

血栓を防ぐ薬

血小板の作用を抑えて、血液を固まりにくくし、血栓ができるのを防ぐ「抗血小板薬」も、狭心症を防ぐ基本的な治療薬です。
なお、抗血小板薬を用いると、血が止まりにくくなります。そのため、例えば手術が必要になった場合は、抗血小板薬を減らしたり、一時服用をやめて手術を行うのか、それとも抗血小板薬での治療を優先させて手術を延期するのか、患者さんにとってメリットの大きい方が選択されます。「胃潰瘍」になったことがあるような人などは、胃薬をいっしょに服用することもあります。
また、抗血小板薬を用いると、まれに「肝機能障害」「血小板や白血球の減少」などの重篤な副作用が現れることがあるので、定期的に血液検査などでチェックすることが大切です。
なお、カテーテル治療の際や退院後はアスピリンと他の薬を組み合わせた2剤が用いられることが一般的です。

薬の一般名 特徴
抗血小板薬 血小板の作用を抑えて、血液を固まりにくくします。出血しやすくなるため、服用中の消化管出血や手術には注意が必要です。 アスピリン
  • 薬価が安く、標準的に広く使われている
チクロピジン
(商品名:パナルジン)
  • 作用が強く、カテーテル治療の際に用いることが多い
  • まれに肝機能障害などの重篤な副作用が起こることがある
クロピドグレル
(商品名:プラビックス)
  • チクロピジンと同じ系統の薬だが、副作用の発生頻度はチクロピジンよりも低い。カテーテル治療の際や退院後、アスピリンと共に用いられることが多い
プラスグレル
(商品名:エフィエント)
  • チクロピジンやクロピドグレルと同じ系統のより新しい薬で、より強力に血栓を防ぐことが期待されている。副作用の発生頻度も低く、カテーテル治療の際や退院後、アスピリンと共に用いられることが一般的
チカグレロル
(商品名:ブリリンタ)
  • 上記薬剤とは違った新しい系統の薬で、カテーテル治療の際や退院後にアスピリンと共に用いられるのは同じだが、上記のクロピドグレルやプラスグレルの投与が困難な場合に限って用いられる

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